『The Artful Escape』はオーストラリアの「Beethoven & Dinosaur」が開発し、『Outer Wilds』『If Found...』『Neon White』などの個性的な名作のパブリッシャーを手掛けてきた「Annapurna Interactive」が販売を行っている作品。クリアまで3時間程度だが濃密な体験を味わうことができた。
良かった点
何者になりたいかを問う内省的なシナリオ
本作のシナリオは今は亡き偉大なフォークシンガーの叔父を持つSF好きの主人公「Francis Vendetti」は自分もフォークソングを歌い、周りからも叔父の再来だと期待し騒がれている。ただ自分の本当にやりたい音楽が見えずにいる。叔父のアルバム20周年を祝うパーティーで叔父の曲を演奏することになり、それが自身の初ライブだというのにひたすら憂鬱になっている。パーティーを明日に控えた日「Violetta」という謎の女性に出会い、自分の葛藤を吐露する。するとその晩物音がしたため家の外に出ると「Zomm」という水槽に浮かんだ脳みそのような姿の人物と遭遇する。そこで「LIGHTMAN」という伝説のギタリストのライブで前座をやらないかと言われついていくと、そこはなんと銀河に浮かぶ宇宙船だったという導入の作品。
サイケデリックな宇宙の星々を冒険しつつ、様々な出会いの中でステージを行い、自分のやりたいことや何者になりたいのかというアイデンティティーを確立し、理想のギターヒーローに成長していくというシナリオだ。苦悩しながら徐々に前に進んで行く姿は胸に来るものがあり、主人公の変身願望を反映したSFチックなスーツや複雑な文化を持つ宇宙人の描写も作品を引き立てている。また主人公の成長とともに「LIGHTMAN」の衰退を描くことで、移り変わりの激しい音楽シーンの様子も表現している。
プレイヤーを作品に没入させる音楽とマッチしたインタラクティブなゲームシステム
本作のゲームシステムは簡単な音ゲー+プラットフォームアクションといった形で、基本的にステージを左から右へと進んで行く。プラットフォームアクションといっても、足場から足場へ移る時に崖下へ落ちても即座にその場から再開できる。各ステージにはコントローラー(Xboxコントローラーの場合)のLB・RB・X・Y・Bの5つのボタンを模した姿のボスがいる。光った箇所と対応したボタンを押してギターを鳴らし一緒にステージでジャムセッションを行うというゲーム性になっている。ただどちらも非常に難易度は低く、主人公の旅路を彩るスパイスのようである。
非常に良いと思ったのはステージを進む際にプレイヤーが好きにギターを演奏することができることだ。移動中Xボタンを押すと主人公がギターをかき鳴らす。ジャンプした際にXボタンを押すと遠くまで飛べるという利点があるが、ステージを進む際に利用するのはその点くらいだ。ただしアクション中はいつでもXボタンでギターを鳴らせ、そうするとステージの背景の様々なオブジェクトが光ったり変形したりといった反応を見せる。そういったゲームを進める上で関係のない動作にこうしたインタラクティブな仕掛けがあると、プレイヤーはまるで自分が演奏しているかのような気分になる。
その他にもこのゲームには選択肢が多く出てくるが、一部の今後の演出に関わるようなものを除けば、ほとんどは意味のない選択肢だ。しかし主人公の返答をプレイヤーが逐一考えることにより主人公と徐々に一体化してくる。そして美しく幻想的なステージ演出は視覚的に非常に楽しく、本作にはこうした没入感を高める仕掛けが多く施されていた。
気になった点
一部ローカライズのぎこちなさ
翻訳は言い回しなど違和感の感じる部分はあるが、大体のシナリオの意味は通して読むことができる。アーティスティックなこのゲームでは、作品の個性や味であると受け入れることも可能だ。
まとめ
『The Artful Escape』は内省的なシナリオを美麗でサイケデリックな演出で彩った個性的な作品。普遍的ともいえる若者の「自分らしさ」「何者かになりたい」という題材は胸を打つ。現在はXboxゲームパスで配信中だが9月15日で終了するため、気になった方は早めにチェックしてほしい。